259pick

 

「洋服を作りたいんだが今の生地じゃねぇ」
「じゃあ一ついいとこを紹介しようか、いい生地を持ってるんだ、もちろんちょっと高いがネ」
「まあ、美味しいお汁粉でございましたこと、よく小豆を手にお入れなさいましたわネ」
「ええちょっとお高いんですけど、よろしかったら今度買っといて差し上げましょうか」
「ぜひお願い致しますワ」
こうした会話が、いまだに行われているのを皆さんは耳にしたことがありませんか。街や、勤め先や家庭等で。もちろん時に靴であり、果物であり、野菜やお酒やお米等々と、品物はいろいろあるでしょうが。
さて、こうした会話がどんな非国民的な行為を意味するかは、統制経済が実施され、配給制度や公定価格による販売が行われてすでに4,5年にもなるのですから、われわれ国民すべてよく知っているはずですね。
にもかかわらず、いまだにこっそりとこんな会話が取り交わされていてもいいのでしょうか?
一億国民が一つになって、ギリギリの窮乏に襲われることがあったとしても、こらえにこらえて戦い抜かなければならないこの戦時下にあって、たとえ一人でも二人でも自分だけの満足を得たいために、こんな会話を交わすものがあってもよいだろうか
われわれの戦時下の生活態度にいっそう峻烈な反省を加える資料の一つとして、ここに法によって処置された2,3の例を挙げてみよう。いずれも神奈川県経済警察官の苦心によって処理された件で、先頃、同県警察部において、経済保安課の警察官から募集した経済保安に関する論文中、入賞した実例中より抜粋したものです。

第一例 拾った小豆
(経済保安課巡査部長 田中勝五郎)

お汁粉や餡のお菓子をうんと食べたいという人たちがいたら、こんな事件のあることも考えてみてください。

この話の事件は、統制経済が実施されているにもかかわらず過去の自由主義経済時代の夢が覚めきれず、現物の払底、生産不振見通し、一般国民の物に対する買い気の趨勢といった条件に応じて行われた潜行的な物価のつり上げによって生じた相場を利用した闇取引の例として、国民一同の戒心すべきものをもっています。なぜなら、戦時下にあっては、これらは必ず現れてくる経済現象であり、これらの現象を克服して国民生活を安定させていくためには、ただ経済統制諸法令を遵奉して、これらの現象を食い止めていくこと以外には方法はないのです。もしもそれを敢えて犯して、これらの現象を利用し私利を図る者があったらこれは銃後の敗残兵として峻烈な法によって処断を受けることは当然のことではないでしょうか
さて、話を元に戻して、わたしがこの事件に手をつけたのは、神奈川県告示を以て雑穀の協定価格が示され、北海道小豆1俵22円44銭となっているにもかかわらず、小豆の相場が1俵30円台だということに気付いたからでした。協定価があるにもかかわらず、別に相場などいうものがあるべきではない、これは必ず闇取引が行われているに違いないと思ったからです。
ところが捜査の結果、はたして某肥料雑穀点の番頭が主となって、約一ヶ月間に、小豆2,915俵を菓子屋や製餡所へ1俵33円をもって売り渡し1万3千円の不当利得を得ており、主犯は当時最高の罰金と体刑を科せられたという事件として処断されたのでした。そこで少し私の手柄話をさせていただくと、この端緒をつかんだのは、まず観察のため倉庫街に出かけた時で、守屋町のある倉庫の入口道路上に小豆がたくさん落ちているのを発見したことからでした。結局この小豆は問題の小豆ではありませんでしたが、当時の情勢と、この倉庫にある1万俵からの小豆と、協定価との発表とを考え合わせ、徹底的に小豆を追いかけてみる気になったことと、ちょっとした聞き込みから大野商店(仮名)という被疑者の肥料雑穀問屋を見つけ出してからは、どこまでも商売人になったつもりでいわゆる商人根性の弱点をついてみたことと、簿記・取引の方法等の専門的な方法を理詰めに追及してみた結果でした。
これを逆に言えば、そこにどうにもごまかしきれないものが必ず現れてくるということになるわけですね。
それはともかく、一般善良な国民諸君に、この事件を扱った者の立場からぜひおねがいしたいことは、先に書いた現象中、買い気の趨勢ということがありましたが、あれだけはなんとしてもみなさんの自粛によってなくしたいものです。そうすれば、このような事件もなくなってくるのじゃないかと思うのです。つまり、物が少ないのはわかっていながら欲しがることをやめていただくのですね。

第二例 ウィスキー攻防戦
(経済保安課警部補 鷲田賢志)

これはなんとかして美味い酒をもっとたくさんのみたいという人たちがいるために起こった事件です

その頃、横浜市では検索密行がしばしば行われました。従来だと挙動不審者の訊問も住所、氏名、職業、行き先、用件、携帯品等を型のごとく調べ、所持品が盗品または銃砲火薬類取締規則による所持携帯禁止品でなければ、一応の取り調べを終えていましたが、今日のように統制経済が強化されて価格や物の配給統制が徹底してくると、所持携帯品も価格、数量等から価格違反や配給違反の点がないかどうかまでを調べなくて無事通過を許すわけにはいかなくなってきたのです。さて、ある夜のこと、検索中経済警察官の網にかかった一人の酔っ払いを訊問中『ウィスキーを一斗入の壺から出して飲ませた』という言葉と、『常連でないと飲ませてもらえない』という言葉がピンと警官たちの勘を刺激しました。
この報告を得た経済保安主任は、この酒類の極度に規制されている時に、そんなに大量のウィスキーが飲食店で売られる筈がない。この陰には必ず経済違反の闇取引が行われているに違いない、との見込みのもとに、早速係官一同に内定を命じたのです。そして峻烈な追及の手は進められ、係官一同の昼夜を分かたぬ奮闘によって捜査は完了し、某私大高等師範部中退の主犯山本弘(仮名・当時28歳)が、局方アルコールを公の約2倍半、容器も公の2倍で入手し、ウィスキー密造を行ってラジオソース等のレッテルを貼り、京浜地方に悪仲介者の手を経て、それからそれと売りさばき、アルコール患者の欲望を満たし、わずかに3ヶ月に1万1千余円の不当利益を得、累犯者69名、取引額10万余円という大闇を行っていた事件が処断されたのです。この事件の取り調べ中にあった一挿話として次の話はぜひ国民諸君のお耳に入れておきたい。
それはこの事件の累犯者中、東京市本所区東駒形の某薬種問屋の主人に代わって出頭したのは小山定二(仮名)でした。さて取り調べにかかるとなかなか口が固く、係官をてこずらせていました。ある日、署員中から数名の応召者があり、訓示室で壮行会があるため、正装に赤襷をかけて凛然たる決意を眉宇に現した警察官が署長に誘導されていくのを、取調室にいた小山は目撃していました。やがて荘厳な「君が代」の斉唱が取調室にまで聞こえてきました。小山も主任係官もじっと聴き入っていましたが、やがて主任は小山に、お前は兵役関係はどうだと尋ねたところ、小山は今までとは打って変わった緊張した態度を以て、『自分は在郷軍人の一人であります、国法を犯し長らくお手数をかけて申し訳ありません』と答え、一切を自供したのでした。聞き終わった主任警部補の目頭にも何か光るものがありました。その後、二日を経てこの小山にも名誉の招集下令があり、関係手続きをすませた上、釈放となって署長より名誉のお召しのあったことを申し渡され、訓示と激励を与えられて応召したのでした。帝国軍人として名誉の召集令状を受け取った小山は署長以下係官に固い殉国の精神と決意を披瀝して引き下がりましたが、「君が代」によって呼び覚まされたこの日本人としての自覚と共感こそ、法を超えた法として国民の戦時生活を律してゆくものではないでしょうか。

第三例 練乳事件
(川崎署勤務経済保安係巡査 大庭久雄)

あすこの何々は美味い、ここの何々は美味いと、漁って歩く人たちに申し上げたい、ないものを得ようとするところに無理がおこなわれると

横浜市内で販売されるアイスクリームの味が店によって甚だしい相違があるということと、大部分の業者が材料の仕入れ難で短時間しか営業できないにもかかわらず早朝から夜遅くまで営業している店のあったこと、ある業者が『今頃ミルクなど闇でなくてはとても買えない』というのを聞いたことなどが端緒となって、私の手がけた1府5県にわたるミルクの闇事件が検挙されたのでした。種々と捜査の苦心談などもありましたが、そんなことより私が捜査にあたっていて心打たれた一場面を読んでいただいた方がよいかと思います。
それはこの事件の関係者たちの間に姻戚関係があったりなどして、犯罪と人情といったような場面にたびたび出会ったことで、こんな話がありました。
この事件で、三島方面に問題の練乳を売りさばいていた高島(仮名)という男を連れにいった時のことですが、証拠書類として領収書や為替手形等を持ち帰ろうとすると、夫の支度をしていた高島の妻がとんできて
『それを持ってゆくのはどうか堪忍してください、その手形だけはどうかよしてください。近所の者の名前もあるし、私はそれを持ってゆかれては困ります』といって、斉藤部長の手を握ってどうしても離れない。
そんなに困ることができるのならば、なぜ闇取引などしたか・・・私達もついそんな言葉を口にしたいほどだったのです。この様子を見て、既に自己のなした行為のすべてに覚悟をした高島は、妻の手をとって引き離し「そんな無理を言ってご迷惑をかけては申し訳ない、みんな言わなければならぬことだ。みっともないことは止せよ」と夫としてそうは言ってみたものの、自己の犯した罪を思えば高島の胸中は限りない悔恨の情にかきむしられていたのではなかったろうか。
この人情劇的な場面を思えば、一歩早く日本人として自己を律することができたらこの嘆きも味わわずにすんだのにと、立場は反対にありながらも哀感を催したのだった。また犯人の一人であった横田某(仮名)は高島とは義理の兄弟であったが、この横田の取り調べについても。ちょうど病床にあったが、すでに発覚している罪の自覚による精神上の苦痛、自己ゆえに義兄を罪に誘った苦しみと病の苦痛、これを看護する妻子の様子などに、ついに犯罪を否認しきれず一切を自供したのでした。こうした人間としての心の苦痛と戦い、人情の美しさをふみにじってまで私利私欲のために戦時下の経済生活を乱し、闇行為ができるものだろうか。経済警察官のある限り、いつかはこの苦痛を味わわなければならないことはわかりきっていることなのに。それを思えば、日本人として
戦時下に徹した経済生活を営んでゆくことを誓おうではありませんか。

むすび

さてさらにもひとつ痛い言葉を付け加えましょう。それはある帰還兵士が、最近情報局に寄せた手紙にこんなことが書いてあります。
ーーー戦地での小閑、内地から届いた新聞を囲んで戦友たちが語り合う記事中、一番目につくのは「闇」の字である。
『おい佐藤、お前の県では闇が摘発されたぞ』これを言われた時の肩身の狭さ、何とも言えない屈辱と憤懣と焦燥で血潮が逆流する思いだ、身命を賭して最前線に立つ俺たちの銃後に「闇」を敢えてするものがいるとは、とりもなおさず俺たちの背後から剣を擬し銃を向けると同じ行為であるーーーと述べています。
ここに掲げた3つの例についてよく反省してみましょう。われわれは未だ闇を犯したことはない、だが闇取引などの行われる陰には、どんな心の緩みがひそんでいるかについて。今年こそはいよいよ決戦の年として私達の生活も戦場と何の変わりもないところまで押し進むでしょう。
「闇」を憎むとともに「闇」の食入るすきのない身構え、正しい生活をしてゆこうではありませんか。再び戦線の勇士たちの心を痛ませるような「闇」の字を一掃して、戦争即生活の徹底を期そうではありませんか。物すべてを戦うために捧げましょう。

 

第259号 昭和18年2月17日

目次

  • 時の立札
  • 特集:ビルマに独立の喜び近く ビルマ防衛軍の意気天を衝く/和やかな町のざわめき/ビルマの笑顔/歌謡 ビルマ小唄(写真記事)
  • 国際情勢 戦局好転を狙う敵米英必死の策謀(小地図付き)
  • 戦うドイツ国民(写真記事)
  • 経済警察官の手帳から
  • 「時の立札」活用の実例(写真入)
  • 書帖に描く工兵魂(写真短信)
  • 電力は軍需工場へ(写真短信)
  • 帝国議会を教室に(写真短信)
  • 受信室(写真短信)
  • 国民演劇「北斗星」
  • 復習室
  • 照準器(マンガ・イラスト)
  • 広告「大東亜戦争国債・第7回戦時貯蓄報国債券」

表紙

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【経済警察の事件簿】闇を取り締まる!善良市民の味方です!

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