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常会の手引(上)

常会はなぜ必要でしょう

数年前までは、2、3の団体の奨励によってごく少数の町村、部落などで行われていた常会ということが、最近非常の勢いで発展し、今日ではこの言葉を知らない人は、少ないまでになって参りました。ただ言葉が行き渡っただけでなく、常会を実際に開く事もだんだん盛んになって、もはや地方の町村や部落などでは、ほとんど例外なしに行われるようになりましたし、東京市を始めとして都会でも、なかなか村落に負けないような意気込みと熱意を持って進んでいます。
なぜでしょう?

これは常会というものがうまく開かれて本当の目的を達成するようになると、住民ことごとく皆皇国民たるの歓喜にもえ、上御一人の大御心に答え率いる丹心からお互いに気持ちが融合して真心の団結となり、協同の力を以て、隣近所は言うまでもなく部落や町内を明るく住みよい郷土とし、集まって立派な市や町村をつくり、弥栄えゆく皇国の基礎を築く事となる道理がはっきりしたためでありますが、しかもこの事こそさらにまた、国民一億、今総掛かりの努力を注いでいる新東亜建設の大事業を成し遂げるための、本固めとなる足場だと知る時、いやしくも忠良なる国民たる限りは、これを閑却してはいられないのです。
隣近所がまず一心一体となって、皇国興隆の基礎を固めるということの道理は、元々我々の父祖の時代、遠き古から考えられ行われてきたことであります。隣保団結ということが、わが国の美風とされているのが即ちそれでありますが、この祖先伝承の道が廃れ、特にこの数十年来文化の異常なる発達によって華やかな国民生活が開けてきた反面、個人の利得を中心とする思想が知らずしらずのうちに我々国民の心の奥底を蝕みつつあったのです。
最近十年来、ことに今度の支那事変の発生以来、国家の経営と国民の全生活にわたって高度の国防国家体制を整えなければならない重大時局を迎えるに至って、なお今までのように自分勝手の気持ちや行状をしていたのでは、絶対に御奉公の道を全うする事ができないのです。
「一切を君国に捧げる!」
この心からなの覚醒とその日常生活における実践こそ、今日最も要請されている大政を翼賛し奉る道なのです。
それには一人ひとりの決意と努力を国民一億の総団結に求めねばなりません。その足場こそ国家を構成する最初の地域的単位にあるのです。
部落!町内!隣保!そしてその足場は、正しく常会によって固める他に良い方法はありません。
このようにして、常会の必要は時局の変遷とともに、いよいよ緊急の度を増してきたのでありますが、この機運に最終的決定を与えたのは、昭和15年9月11日、各地方長官に発せられた部落会、町内会の整備に関する内務大臣の訓令であります。この訓令によって、今までは民間における自治的施設であった常会が、国家の意思として、その開催を要求し督励されることとなりました。以来、各地方では部落会、町内会などの整備強化に一段と活発な動きを見せ、さらにこれらの組織に魂を注入すべき常会の運営に画期的な努力を傾けられている次第であります。
かくて今や常会の必要は論議の時代を過ぎました。ここで想起するのは、久しい間常会を続けてきた東北地方のある村長の『常会なくして村治なし』という述懐です。北陸地方のある村では同じく『常会なくして生活なし』ともいっていますが、まことに味わうべき名句と称すべく、体験よりほとばしり出たものだけに、一言で常会の真義を尽くし脈々として生気の溢れるものがあるのを感得するではありませんか。
もしそれ、近頃しきりにわれらの心魂を打つ一億一心、臣道実践の真義もまた実にこの常会によって達成できるものと知る時、国を挙げ常会の正しい理解と適切な運営に努める事こそ新しい日本建設の礎を築くゆえんであると言わなければなりません

常会とはどんなこと?

常会ということは、常例的に開く集会の意であります。世間には往々にして常設的な団体のごとく考えている向きもありますが、それは誤りであります。
常例的に開けばいずれの集会でも常会と言ってよいかと申すと、それでは常会の真の意義が誤られ、その本質を失うことになる恐れがあります。
常会はその淵源を尋ねてもわかるように、部落などの地域住民が定例的に催す集会の謂れなのですから、やはりその本質を失わないようにしなければなりません。
ところでそれなら部落・町内など地域住民が常例的に集会さえすればそれで立派な常会だと言い得るかと申すと、それだけでももちろんまだ不十分です。
今、常会の持つ内容を挙げてみますと、
(1)部落会や町内会、隣保班というような地域住民の組織における会合であること
(2)皇国体の本義に基づく万民翼賛の本旨に立脚したものであること
(3)住民の和衷協同、相互教化のうちに進められること
(4)定例的に催す集会であること
の各条件がそなわらなければならないのであります。ここで常会というものを平易に申してみますと、
常会というのは、部落会や町内会などを組織する全戸の住民が毎月、日と時間とを決めて寄り合いを催し、皇国臣民としての自覚に立ち、一家族のごとく心から打ち解け睦み合い、お互いに“芋こじ”をやるつもりで磨ぎ合い、その融合による団結協力を以て、大御心に応え奉る臣民の道を全うすること、そうして真に一億一心の基礎を部落、町内に固めてゆく実践をする道場とすることとも申すべきであります。
いずれの常会もこの趣旨に合致するように行われなければ、せっかく熱心に集会が開かれても充分お役には立たぬことになるのであります。

常会にはどんな種類が

これから常会には地域地域によってどんな種別があるかを申し述べましょう。
1、部落会・町内会とその常会
ここ数年、各地方で常会を開くことがだんだん盛んになるにつれて、常会の意味がだいぶ混雑してきました。
そのうち最も多い誤りは前にも申したように常会を常設の団体とする考え方であり、扱い方でありました。しかし部落会・町内会は、部落または町内の住民が形作る地域組織であって、部落常会および町内常会は、その部落会・町内会が開く全戸の集会であることを明らかに区別しなければなりません。
これによって部落会や町内会は組織であり、部落常会や町内常会はその運営の方法であることが明瞭になりました。
そこで部落会や町内会では、毎月一回以上必ず部落常会・町内常会を開かねばならないのでありますが、その開き方も、大きな部落や都会の町内会などで戸数が非常に多く、集まるのに適当な場所もなく、到底全戸を集会させることができない場合は、その部落や町内の隣保班代表者だけで常会を開いても差し支えないことになっていますが、建前としては部落常会、町内常会は部落会・町内会を構成する全戸の人が集まって開くのであります。
上記の大部落や、大町内で隣保班代表者だけの集会を以て部落常会・町内常会に代える場合においても、一年のうち時々は、その部落町内全戸よりもれなく出席して、総会を開くことが大切であります。

2、隣保班(隣組)とその常会
今度の内務大臣の訓令によって、各部落会・町内会の下にさらに十戸前後の戸数を結んで隣保班と言う実行組織を作ることを示されました。
それは事柄としてはもとより、今度初めて作る仕組みではなく、我々の先祖の時代から五人組や十人組などというものもあったのですし、昭和7、8年以来国民更正運動の立場からもこれらの組織の編成やその強化方法などが考えられて参りましたし、近くは国民精神総動員運動の上からは実践班などという名で、その組織運動の必要がいっそう叫ばれていました。隣組という名前が東京市で始められ、隣保班という名が神戸市で用いられて既に数年、もう一般に耳慣れた言葉でありますが、今度の組織が市町村にもれなく設けられることとなったわけであります。隣保班というのは総括的な名称でありまして、ぜひこの言葉を用いなければならぬわけではありません。現に地方では御民組と言い、隣保組と呼び、隣保家、あるいは単に隣保とも唱えている所もありますが、東京市に創始した隣組の言葉が、天下を風靡した感があります。とにかくこの組み合わせは、国民生活を地域の上から結ぶ最初の隣保共同体であって、最も大切な国民組織の単位であります。そこでこの隣保班においても、同じく常会を開かねばなりません。
ところで隣保班での常会は、前項の部落常会・町内常会が、部落・町内全戸の集会として、理想的に行われている場合には、以下述べるような定型の常会でなくとも、その時々の必要に応じて開く簡易な集まりとしてもよろしいわけであります。しかしその部落会・町内会が非常に戸数が多いため、隣保班代表者だけで部落常会・町内常会を開いている所では、隣保班常会が常会の中心にならなければなりません。所によって事情は違いますが、概して農山村などで、その地理的環境に恵まれ、あるいは適当な会場の設備のある所では必ずしも杓子定規に十戸前後の隣保班常会を開かないで、二つか三つの隣保班を連合して連合総会を開くのも一つの方法であります。

3、市町村と市町村常会
すでに部落会・町内会に、部落常会・町内常会が行われ、その下に隣保班が結成され、それぞれ隣保班常会が行われて、全市町村民一体となり、水も漏らさぬ整然たる組織の下に和衷協力、臣道の実践にいそしむ体制ができたと致しますれば、この全体を統括する市町村には、当然に市町村の常会が開かれねばなりません。すなわちこれは市町村の協力会議となるわけであり、市町村を一家とする家族会議と申すべきものでありますが、この市町村常会は、部落常会や町内常会、隣保班常会が全戸の集会になるのに対してきわめて少数の幹部の集会となるのであります。すなわちその幹部とは、当該市町村長を中心として、管内の部落会長、町内会長、各種団体代表者、市町村会議員、学校職員、その他学識経験者等の中から、市町村長が選任した者で、だいたい2、30名、多くとも4、50名程度までの人々がその構成員となるわけであります。
市町村常会の任務については、内務省の訓令なり、通牒なりにも示されているように、市町村全体の一切にわたる総合的運営をなす中枢機関であり、参謀本部ともなるべきものであります。ゆえにこの運営よろしきを得るか否かは、実に市町村の興廃を決し、運命を左右するほどの重要性を持つものとも言いうるのであります。部落常会、町内常会、隣保班常会と併行して上下の緊密な連絡を保ちつつ市町村内の各種の団体と左右の連携を図りつつ、この市町村常会の運営を中心に市町村の行政が進められなければなりません。またこの常会を中心に市町村民の協同生活が国家本位に正しく規律され指導されなければなりません。

ー 次号に続く ー

第156号 昭和16年2月19日

目次

  • 広告「理研ビスタ」
  • 三年目に開かれた扉(写真短信)
  • 泰・仏印調停会議進む(写真短信)
  • 石炭へ いま増産の 動員令(写真記事)
  • 青島の今日この頃(写真短信)
  • タイ・仏印の扮装調停
  • 新しく出発した国民職業指導所
  • 常会の手引き<上>
  • 時間の上手な使い方<上>
  • 小広告「リレー計算尺」
  • 陣中作品(投稿文芸作品)
  • 写真週報問答(読者質問)
  • 文部省推薦図書だより
  • 紀元節の朝(写真短信)
  • 第11回明治神宮国民体育大会(写真短信)
  • こぞってまず家庭内から新体制(写真記事)
  • 海外通信(写真短信)
  • 読者のカメラ(読者投稿写真)
  • 復習室
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【相互監視】常会とは何だったのか?【同調圧力の仕組み】

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