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[新体制読本] 公益優先の意味

新体制のことは新聞や雑誌や著述に色々ととなえられているけれども、中心となる問題は二つあるように思う。その一つは心構えの問題であり、もう一つは仕組みの問題であると思う。
今までの古い心構えをやめ、今までの古い仕組みを改め、新しい心構え、新しい仕組みにすることが新体制の中心問題ではないかと思う。
近頃不思議に思うことは、新体制は”赤”であるとか、公益優先は”赤”であるとかいうことをいうものがあるが、実にけしからん言葉だと思う。自由主義経済による古い心構えを公益優先にすることが新体制の狙いどころである。

今まで各国とも長い間やってきた自由主義の経済方針がイギリスにとなえられてから、100年あまり世界を風靡してきた。儲けるだけ儲けてよい、そして儲けた金を自由に使ってよい。勝手である。しかも競争は自由である。例えば大きなデパートができて、その隣に小さな店があった。そうしてその小店で売っておる物とデパートで売っておる物と同じであったならば、その小店は立ち行かないで負けてしまうのであるが、そういう競争が許されておった。こういう自由主義経済の結果は今日まのあたりに見るように色々な不満足な物ができておる。このままで続いていったならば、もう一つのデパートができるだろうし、またもう一つの歌舞伎座もできるだろう。しかしこんなものばかりいくらできたところで、国家の重要目的である国防を強化することができないのである。
また自由主義の人たちは、「我々といえども公益を考えないわけではない」と言っておる。すなわち、昔イギリスのペンサムという人が『最大多数の最大幸福』ということをとなえたが、この原理はすなわち公益であり、自由主義も公益を考えているのだ、こういう議論をする人がある。『最大多数の最大幸福』が公益だとしても、実際に自由主義はそういう結果をもたらしたであろうか。ひとつ、過去の実績を調べてみよう。

自由主義の結果は無統制な生産が行われた。すなわち自分で必要なものを自分で作った自足経済から進んで、注文によって物を作る注文生産になり、誰が買うかわからない物でも売れるだろうという考えで、市場へ出す、いわゆる市場生産となった。
そうして無統制に生産したために物が余ってきた。余った場合には安く売らなければならないし、経済界にえらい変動をも起こした。実際それが恐慌となり不景気となって、恐ろしい荒波を起こしたのである。その最もひどい例は1929年、今から10年前にアメリカを中心として現れた世界恐慌であった。そこで自由主義経済はいけない、無統制生産はいけないということがわかってきた。公益を広めるどころではない。失業者は出る。破産者は出る。自由主義の結果は恐るべきものであることを印象付けた。

その意味で公益優先ということは、統制経済をする場合の基本となり旗印となることになったのである。
公益とは、文字そのものから見てもわかる通りに、それが赤でないことはくどくどしく説くまでもないように思う。すでに50年前に下し賜った明治天皇の教育勅語にも『公益を広め』と仰せになっているのである。吉田静致博士は教育勅語は、教育人のみに賜ったお勅語ではないと言っておられる。「爾臣民(ナンジ、シンミン)」と広く仰せられているのである。『義勇公に奉し』とも仰せられている。

赤といい、共産主義というものはどういうものであるか、翻って考えてみるならば、公益優先が赤でないことは、はっきりとわかると思う。
共産主義というものは、一方に虐げられた労働者や農民がおり、他方にはこれらの人々から搾り取っている資本家や地主があって、お互いに階級的の争いをしていく相手として見て、そして労農階級が資本家階級を倒すことを以てその戦法とした。その利益というのは労農の人たちの利益を指すもので、それを公益と講じておるのである。すなわち全階級の利益ではなく、部分的の利益ということになる。

しかし今日日本において、そういう階級闘争を目論んでいるものがあろうか。一億一心というのは階級なしという意味である。国家の利益ということは部分的のある階級の人たちだけに対する利益ということでないことは、改めて言うまでもない。
すなわち国防国家を作るために、公益優先ということがとなえられておるのである。決して赤でないことは、これから言ってもわかると思う。単に赤とは違うというだけではなく、新体制運動は赤を撲滅するところまでゆかなければならんことは、これまた言うまでもない。

しかし公益優先ということは、口でいい文字で書くようには簡単に実現できない。実行に移すには難しい場合がある。例えればここにひとかたまりの鉄がある。この鉄は一つは軍需用、一つは官需用__例えば鉄道省で鉄道を敷くレール、内務省で橋をかける場合の鉄材というようなもの__、もう一つは民需用、とこの三つに分けられる。そして物資動員計画はそれを決めている。国防国家建設のためには、どうしても鉄の方面についていっても、軍需用に余計使われるということになり、それだけ民需用は減ってくる。そうすると一定の鉄を得なければ家代々の仕事もやっていくことができない場合も出てくるかもしれない。しかし、国防国家建設のためには、この大きな利益の前には、公益優先というためには、我慢をしてもらわなければならないことになってくる。涙ぐましい場面さえ考えられるが、新体制は生活の第一線確保ということを考えているから、仮に失業というような場合、それが国家の必要から起こってくるような場合は、転業の道を考えていくことは当然である。

なお、ついでに新体制が進むにつれてだいぶ苦痛が起こると思うが、これを耐えてもらおう。もちろん行き過ぎはいけないと思うから、是正しなければならない。しかし甘いことをやっていたのでは、今日の時局はしのげない。だからどの方向でも行き過ぎは直していかなくてはならない。公益優先の理論には立つが、実際は程よくやっていかなければならんと思う。

第146号 昭和15年12月4日

目次

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  • 日独伊の新しい弟ハンガリー(写真記事)
  • 法隆寺壁画のお化粧(写真記事)
  • 東京高等商船学校 65周年記念祭(写真短信)
  • はなばなしいドイツの外交
  • 大政翼賛運動 具体的一歩へ
  • 学生生活の新体制
  • 新東亜120億の貯蓄から(イラスト・漫画)
  • 新体制読本 公益優先の意味
  • 話題の国 ルーマニア
  • 120億貯蓄は婦人の力で[上]
  • 海外小話
  • 主婦の知識 ガスの上手な使い方[上]
  • 写真週報問答
  • 西園寺公房公薨去(写真付き)
  • 年末年始の贈答品が津波のように国策輸送を呑もうとしています(写真記事)
  • 土の道場 農業増産報国推進隊(写真記事)
  • 広野に収穫の秋(写真記事)
  • 写真
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【冗長にして空疎】公益優先の意味とは【大政翼賛会政策会長の作文】

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