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地球の裏から表へつらぬいたチリの地震

1月24日午後11時32分(日本時間25日午後0時32分)、南米チリの中部チリアン、コンセプシオン地方一帯は突如激震に襲われ、平和な夢を結んでいた町も村もたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、建物は半数以上倒壊、死傷者8万にものぼるという大惨事が勃発した。
この惨事は時を移さずニュースとなり、太平洋を渡ってわが国にももたらされ、ラジオで新聞で報道されて、国民一般の驚愕と同情を巻き起こしたが、この大地震はしかしニュースの第一報が日本に達する以前に早くもわが国各地の地震計によって記録されていたのである。

東京の中央気象台の地震計がこの恐るべき不気味なウェーヴを記録し始めたのは

1月25日午後0時52分であって、チリに地震が勃発してから、わずか20分後であった。地震の波は実にチリ-東京間1万7千キロを20分間という超スピードで驀進してきたのである。この長距離はもし南米航路の汽船で来るとすると優に30日の日数を要するし、仮に時速300キロの飛行機に乗って途中無着陸で飛び続けたとしても約57時間かかる訳である。

地球の裏から表まで20分! このもの凄いスピードを持つ地震の波は一体どこをどういう風に伝わってきたものだろうか。
元来、地震というのは地殻の内部に長い間にわたって生じた不均衡が、元の均衡の状態に戻ろうとして地殻の一部に急激な変動を起こす。これがいわゆる震源となってここから四方に波動が伝わって行く。この現象がつまり地震であって、静かな池の水面に石を投げると四方に波が広がって行く。これと同様である。ただ、地震の場合は波動が平面的にだけでなく立体的にも広がって行く、即ち、地球の表面に沿って伝わるものと、地殻の内部を通って伝わるものとがある。前者を表面波、後者を実体波と言い、速度の点から言うと後者の方が速く、チリから東京まで20分で達したのは地殻の内部を通ってきた実体波であって、これから約51分遅れて表面波が同じ地震計に記録されている。

実体波の速度は地震面近くでは毎秒約7キロ。地殻内部に入るにしたがって次第に増加して地下2,900キロでは毎秒約13キロ(時速46,800キロ)になる(ただし2,900キロより深くなるといわゆる核と言われる部分になり波動の速度は減じる)。
表面波の速度は毎秒約4キロ(時速14,400キロ)で、この波がチリから東京に達するには約71分かかっている。距離の短い地殻内部を速い速度で伝わってくるのと、距離の長い地表面を比較的遅い速度で伝わってくるのとで20分対71分と言う差ができる訳である。

第51号 昭和14年2月8日

目次

  • 広告「支那事変貯蓄債券」
  • 日本精神発揚週間(絵入り記事)
  • 広東の蛋族(写真記事)
  • 雪の樺太(写真記事)
  • 地震の速度(写真記事・図入り)
  • 特集:母と子と 国家は健全なる子を健全なる母に求める(写真記事)
  • 海外通信(写真短信)
  • 読者のカメラ(読者投稿写真)
  • 広告「スマイル」

表紙

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【科学】図で見るチリ沖地震の日本到達(昭和14年)

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