26pick

朗色還る上海

写真右ページ上>
一年前、戦雲慌ただしく行き交う上海の街を、ぐっと睥睨する我が無敵艦隊の機関銃座ーー一触即発の危機は烈日に輝く黄浦江一面にみなぎりわたっていた。7月9日ついに大山大尉事件を契機として戦火は勃発し、中支一円にも兵火は燎原の火のように燃えさかったのである。

写真右ページ中>
支那軍の盲目爆撃に破壊されたカセイホテルも完全に修繕された。大きな買い物包みを提げた支那人母子も、気軽なノーネクタイ半ズボンの西洋人の姿にも、事変の影など微塵も認められない。

写真右ページ下>
上海の繁華街南京路は再び事変前の繁盛を取り戻し、世界各国あらゆる人種を網羅して昼も夜も人や車の波が織るように流れていく。ただ要所要所に凛然と歩哨に立つ皇軍の勇士と、これに並んで警備にあたる英国兵や支那の巡警が上海特有の複雑な国際関係を思わせる。

写真左ページ右上>
上海の北停車場付近にある海軍航空隊爆撃の跡は、平和が蘇るとともにいち早く内地より引き返してきた在留邦人にとって、まことに好ましい遊歩道となっている。初夏のある日両親に手を引かれて廃墟を歩む幼い兄妹、彼らが大人になる頃、上海は日本人の手でどんなにか立派に復興される事であろう。

写真左ページ左上>
戦火に荒らされ、累々とレンガの転がる中に、復興の作業は営々として続けられる。其美路は、前司令官松井大将にちなんで”松井通り”と名づけられ、皇軍の手によって幅約45メートル、中央に緑地帯を持った大通りに拡築されていく。東洋平和の大道はここにもひらかれつつある。

写真左ページ下>
支那事変一周年の7月7日当日、虹口の日本人小学校の生徒も陸海軍に対し献金を行った。白エプロン姿も凛々しい国防婦人会員の捧げる献金箱に勇士も心づくしの献金を入れていく。童女のあどけない姿、じっと見入る勇士の面差し、戦火渦巻いた一年前に比しなんと平和な微笑ましい情景であろう。

第26号 昭和13年8月10日

目次

  • 広告「大阪商船 北支へ満州へ台湾へ朝鮮へ沖縄へ瀬戸内海へ南紀州へ」
  • 海軍作戦一年を回顧して国民に告ぐ – 海軍大臣 米内光政(写真記事)
  • 大陸の空あくまで狭し(写真短信)
  • 南京空襲の思い出(写真記事)
  • 九江陥つ!(写真短信)
  • 朗色かえる上海(写真短信)
  • 朗色かえる南京(写真短信)
  • 青年徒歩旅行 – 北海道駒ヶ岳山麓(写真記事)
  • 海の彼方(写真短信)
  • 読者のカメラ(写真短信)
  • 広告「スマイル」
  • 広告「クラブ歯磨」

表紙

26cover

電子書籍も好評販売中です。

D_Button P_Button

つかの間の平和と復興 – 上海

投稿ナビゲーション